2016.04.25

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 自分にいわゆる”青春時代”なんてものがあったなんてもうすっかり忘れてしまっているけれど,その頃聴いた音楽だけは断片的で切れ切れの映像とともにいつまでも覚えている.

 初めて化粧をした頃に流行っていたメイクのスタイルからいつまでも抜け切れないものだと,以前に友人から聞いたことがあったけれど,音楽も結局はそのようなものなのかも知れない.

 先日デビッド・ボウイが亡くなった時もそうだったが,数日間はその音から離れられなくなり,あれこれとピックアップしては聴き続けてしまう.
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MIQUELRIUS(ミケルリウス)のノートが好きすぎる話

 いろいろなノートを仕事で使ってきたのだけれど,一時期好きでかなり買い貯めして使っていたノートがとうとう残り二冊になってしまい,このところ心穏やかでは無い日々を送っていた. ミケルリウスというスペインのメーカーのECO4という再生紙を使った分厚いA5のノートで,7〜8年前にずいぶん買い貯めた. 当時は六本木のAXISビルのリビングモチーフと,何故かクロワッサンの店で扱われていて,気が付くと買っていた.(探してみたら,これですね)
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スキャナの縞模様

 スキャナの縞模様はきちんと掃除すれば取れるんじゃないか?と思って,スキャナをバラしかけたんだけど,レンズのアッセンブリへアプローチするには,かなり広範囲に分解しないとダメだとわかり,外装パーツをバラした段階であえなく断念. 再組み立てとなった. クリーナーがあるにはあるので,そいつで根気よくクリーニングしてはみたのだが,どうにもならなかった.
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いぜん格闘中

 一昨日撮って,すぐに現像したフィルム2本は期待とは少し違っていた. どう違っていたかというと,一言でいうと,思っていたよりもキッチリ写っていた.(笑) つまり,自分がイメージしているよりもずっとちゃんとしたレンズだった. なので,それを踏まえてというか,自分の中でのレンズに対するイメージを少しズラして考える必要がある様だった.

 もっとも,5本しか撮っていないので,「話はまだぜんぜんはじまらない」のである.

 今日の写真は,格闘が始まったレンズではなく,すでに信頼が醸成されているレンズの方で.

「写真」におけるバリエーションの様な

 どうしても「かつて自分が見た事のある写真のコピー」になってしまうわけです. それはもう仕方なくて,機械を使って平面に画像を焼き付けている以上,既に似てくる訳で. ただ,そのことに自覚的でありたいと願っています.

 つまり,「私の中から湧き上がってきた独自のセンス」ではなく「かつて見たモノの無意識のコピー」であると,それを踏まえた上で,しかし「アッジェに21世紀の東京は撮れない.写真は今を写してこそ.」という言葉だけが頼りだと考えているわけです.
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フィルムの一コマ目

 先日現像した8本のスキャンが終わり,そろそろ残りの5本を現像しなくては,というタイミングなのですが,久しぶりに現像したネガを見て思った事は,「実はフィルムの一コマ目が案内悪く無いんじゃないのか?」という事なのです.

 一コマ目はフィルム装填直後なので,なんとなく巻き上げを確認しつつ割と肩の力を抜いてというか,ある程度適当に撮っているはずなんですが,それが意外に良い気がしていて,何故にそれをアップしないか?というと,最近のリール巻き付けの方法のせいで,一コマ目には必ず現像時に傷跡が付いてしまう事が判っているからなのですね.
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飽きずに(いや飽きたけど)近所の池

 この写真の注目ポイントは,なんと言っても真ん中やや下のカモのまわりの水紋ですね. っていうか,そんな事言うくらいだったら,90mmとか135mmとか,いや,デジ一眼に200mmとかそういう写真を撮れ・・・っていつも自分でも思うんですけれども,たぶんきっとそういう事じゃ無いんじゃないかな?って思っている訳です.
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