2016.02.28

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 こうやって、いつもと変わらない景色をいつもと同じようにただ撮り続けることに、どれほどの意味があるのだろうかと一瞬考えることがないわけじゃないけれど、自分にとって価値があれば、誰かにとって価値がある必要は無いと思い直して撮り続ける。 結果として、いつもの散歩道を撮った写真が大量のネガとともに、ただただ溜まり続けるという状態で、こんなことをもう何年もやっている。

 フィルムは国内で買うと高いので、アメリカのFreestyleから100ft缶を買っている。 しかも一番安いArista EDU Ultra 400というペラペラのフィルムだ。  一度に5缶くらい買えば空輸でもそんなに高いことにはならない(はず)で、カブリは全く問題無い。 だいたいがこんな写真を撮ってるだけなのでカブっていたところで、味って事にしても良いかも知れない。(笑)

 ここのブログとは別にオリンパスPEN(といってもフィルムのPEN Sだ)というハーフサイズのカメラで、スマフォの代わりに撮り続けていて撮った写真をダラダラとアップするだけのサイトをTumblrに作っている。 こういうところに「誰かに見て欲しい」という欲求が現れてくるので、自分で少し悲しくもなるけれど、まぁ生きている痕跡くらいは残してもいいんじゃないかと開き直っている。 もっともTumblrだって永遠にあるわけじゃないけどね。 > Olympus PEN S / TOKYO

 「写真は残るんですよね、ブツとして」と語っていた東松照明さんを思い出す。

 何度か写真展のパーティなどでお会いしたことのある写真家の白岡順さんがお亡くなりになった。 自分は直接コンタクトがあったわけではないのだけれど、知人の中には白岡さんの講座に通い写真を撮り続けプリントし続けてきた人も多い。 自分には、彼らに掛ける言葉は無いけれど、以前に読んだ森山さんの文章を思い出して、誰に向けてというわけではないけれどtwitterに投稿した。

「(略)やはりぼくは東松さんには、教えてもらった写真で返信するしかないだろうと強く思うからだ。
あの長崎の、陽の当る一枚の風景写真に向けて送り返すぼくの写真が、唯一東松さんへの私信に他ならない。」

−− 森山大道(犬の記憶 終章)

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