Switch – 1992年1月号 

2010-02-20-001

いまはCoyoteという雑誌を発行している新井さんという方がいて,昔はSwitchという雑誌を出していた. Switchは毎号,人に焦点をあてた雑誌でほぼ一冊まるまる特集の形式を取っていた. 1992年1月号の特集は「笠智衆」. 長きにわたり日本映画を支え続けた名優.

実はこの特集号の中に,荒木経惟氏が笠智衆氏を撮っているページがある. 一言で言ってしまえば本当に何の変哲もない写真で,笠さんのご自宅の近所の小さな児童公園でのワンシーンなのだが,実は私がわざわざこの雑誌を持っているのには理由がある.

昨年,編集人の新井氏の講演を聴いた時に,この特集号の話が出て実は荒木さんはこのとき初めてライカを買ったのだ. 笠智衆さんの取材に同行をお願いして,当日笠宅へ向かう途中,荒木さんがライカを取り出して新井さんに見せたらしい(このあたりの経緯はうろ覚え). 昨日,銀座へ行って買ってきたという. 笠智衆という戦前〜戦後の怪優を撮る以上,カメラはやはりライカでなくてはならないのではないか? 確か,そんなことを荒木さんが言っていたと,新井さんが言っていた・・・気がする・・・うろ覚えで残念. メモしておけば良かった.

1992年に新品で買っているのだろうから,やっぱりM6なんだろうか. そういえば,アラーキーの幸福写真というシリーズが47NEWSのサイトにあって(こちら)メイキングビデオ(例えば五反田のネコカフェの中にあります)にM6らしきライカを構える荒木さんが写っている.

で,だ. なんでこんな事を書いているのかと言えば,つまり白状すれば今日ライカM3を買ったんである. 私にとっての初めてのライカ. それならば,アラーキーが初めて使ったライカで撮った写真を見てみなくてはな,と思ってSwitchを手にしてみたわけ. もっとも,だから何だ?と言われれば単なる儀式なのであった.

松屋の中古カメラ市で,プロの写真家K氏に付き合ってもらい.見立ててもらったM3は,とてもキレイでコンディションも申し分なし,しかも激安なのであった. 会場には多数のM3が並んでいて,見た目が派手にボロいのはさすがに私でも判るものの,ではどれを選んだらよいのか?なんて事は案の定さっぱり判らないのであった. だいたい,私の目にはショーウィンドウ越しでは全く同一品質に見えるボディの販売価格の差額が10万円近くだったりするのである. これは素人がボンヤリと近寄ってはいけない世界だということは良く判った.

レンズは夜を撮りたいので,現代レンズを選択(した方が良いとのアドバイスに従った). 9月に予定されているグループ展に向けてソロリと助走が始まったのであった.

今日の写真は井の頭公園. M3の試し撮りをしようと思ってせっかく急行から各駅停車に乗り換えて一駅前で降りたのに,小雨がパラついてきてしまった. 傘も持っていなかったので,さすがにM3を取り出す事はせず,代わりといっては何なのですがいつものデジカメで.

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